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motorizedpatriot:

is this company even real

(出典: bideogams)

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(出典: miniyo)

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869 :なまえをいれてください :2006/06/15(木) 00:28:24 ID:4vIfRVIW
昨日ドラクエ8をクリアした。
3DになりPS2になってもドラクエだったので、とても安心した。
だが、一つだけ悲しいことがあった。
「ベホイミ」である。
ドラクエ1から代々受け継がれてきたこの呪文に変化があった。
回復量は変わっていない。消費MPが「3」になったのである。
大したことないと思われる人が90%以上だと思います。
実際、このおかげで中盤が少し楽に感じました。
だが、私は悲しかった。
初代ドラクエでベホイミといえば、クリアに絶対必要なものだった。
ラストの竜王戦で、ベホイミが無ければ回復が追いつかないのである。
絶対的に頼りになる存在、いなくてはいけない存在、それがベホイミというものだった。
消費MPは5。今では細かいことは思い出せないが、
ベホイミを覚えた直後のレベルでは大した回数は使えなかったはずだ。
そう、ベホイミは高貴な存在だった。

873 :なまえをいれてください :2006/06/15(木) 00:30:45 ID:4vIfRVIW
ドラクエ2。ここでもベホイミは素晴らしかった。HPの高いローレシアの王子だけをベホイミ、他はホイミ、などの細かい気配りが重要になってくる。
大体70〜80回復するのだが、例えば60ほどHPが減っている時にホイミで少し凌ぐか、それともベホイミで満タンにしてしまうか、などの戦略なども出てくる。
2もMPの上限が余りないので、ベホイミをバンバン使えるような状況は無い。
質素倹約で進まないと途中で力尽きる絶妙な難易度だった。
ベホイミは素晴らしい存在だった。
ドラクエ3。僧侶に転職したキャラがベホイミを覚えた時は感動を禁じえなかった。
これでカンダタに勝てる、と思ったあの時は一生忘れられないだろう。


874 :なまえをいれてください :2006/06/15(木) 00:31:20 ID:4vIfRVIW
3では中盤の後の方までベホイミが大活躍する。魔法使い系の最大MPが高くなり、
若干親しみ易くなったものの、それでもバンバン使っているとすぐにMPは無くなる。
そして最後の方になると、HPが200後半になったりしてベホマに取って代わられる。
だが、素早さの高いボスの攻撃を読んでの「置きベホイミ」など、ベホイミは最後まで活躍した。ロト三部作はベホイミが主人公と言って差し支えないと私は思う
4になると、中盤での活躍はあるものの、終盤はベホマが多くなった。
最大MPもかなり多くなったこともあり、満タンまで回復できるベホマと消費MPが2しか
違わないことからベホイミは少し影が薄くなってしまった。


875 :なまえをいれてください :2006/06/15(木) 00:32:08 ID:4vIfRVIW
ドラクエ5では、今までとは別のアプローチでベホイミの素晴らしさを見せ付けられる。
オープニング直後、港から街へいくまでの道中で主人公が1か2程度のダメージを受ける。そしてそれを見たパパスはなんとベホイミを唱えるのである。
たった1か2のダメージでベホイミを使う。これはただごとではない。
普通では考えられないことである。しかしこれは深く見れば、 親の愛、そうパパスの息子への愛をベホイミという呪文で表現したのではないのか?と今では思う。
5は私が一番好きなドラクエであるが、こういうところに惹かれたのだとつくづく思う。
6のベホイミは活躍期間が短い。だが、その一時の輝きは1の竜王に匹敵するものがある。そう、ムドーである。
きまぐれなムドーが本気を出してきた時、ベホイミが無ければ話にならないのである。
使えばベホイミの効果があるゲントの杖と合わせ、守りの要となる。
転職できるようになってからはMPがかなり上がり、他の回復手段など充実してベホイミの高貴さは失われてしまう。


878 :なまえをいれてください :2006/06/15(木) 00:36:30 ID:4vIfRVIW
7はストーリーがそもそも長いのだが、割と長い間ベホイミを使うことになる。
しかし覚えたてのころはMPも低く、おろそかには使えない。ここぞという時のための呪文だった。
中盤から後半にかけては普通の回復呪文となってしまう。
そして8である。8は全体の2割ほど進んだころにベホイミを覚える。そして私は愕然とした。
消費MPが3。今回は全体的に回復や補助系の呪文の消費MPが下がっている。
所謂デフレだ。そして最大MPは割と多めで、そんなに考えることもなくベホイミを使えてしまうほどある。
そしてホイミは2で使える。迷うことなくベホイミを使うだろう。
悲しかった。
ホイミを使うかベホイミを使うか悩む。ダンジョンの途中でボス前までの倹約。
それこそがドラクエだと思っていた私は衝撃を禁じえなかった。
ベホイミの輝きや価値は失われ、私はまるで高校の時に好きだった子がソープで働いているのを見たような感覚を受けた。ベホイミとなら、私は結婚してもいいとすら考えていたのに。
今、私が一番必要なのはベホイミだ。脳に。

7ヶ月前に投稿

(出典: ichilou)

7ヶ月前に投稿
渡邉美樹と村上龍の対談はマジで面白いからなあ。村上龍が終始「えっ?えっ?」って感じでドン引きしてるw 犯罪に近いよなことをテレビでなんの臆面もなく喋るあの社長はやっぱりサイコパスなど何らかの人格障害だと思われる。
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Date:2007/03/27(火) 16:16
Name:山北 篤

 さて、今回の話をする前に、大前提として以下のことを主張したい。

    どんなに面白いゲームであっても、仲間と喋る楽しさには勝てない

 これは、ゲームデザインをする者としては屈辱的な事実ではある。だが、現実にそうであることを認めないのは、もっと愚かだろう。
 将来のゲームについては判らない。画期的な技術が開発されて、駄弁りよりも面白いゲームが作られるかもしれない。だが、少なくとも現在のゲームにおいては、これは、事実であると認めざるを得ない。
 そして、これが事実であるならば、日本製MMOが失敗する理由も明らかである。彼らは、ゲームを作ってしまったがために、敗北しているのだ。
 MMOは、ゲームも出来るコミュニケーションツールとして遊ばれているのであって、決してゲームとして遊ばれているのではない。だからこそ、まじめにゲームを作っているはずの日本のMMOが次々と敗退するのだ。

 こういうことを書くと、ならばそもそもMMOなんて必要ないではないかという議論が始まる。コミュニケーションならば、チャットや携帯で十分ではないかと。
 だが、それも間違っている。
 上の前提には、二つの条件があることに気付いているだろうか。

1.喋るのは楽しい。
2.ただし、その相手は仲間で無ければならない。

 だが考えてみよう。一度も会ったことが無く、オンライン上でのみ知っている相手を「仲間」と思えるだろうか。
 かつて、HABITATという、ヴィジュアル付きチャットが作られたことがあった。日本でも、Niftyに導入され、かなり大きなプロモーションもなされた。しかし、ごく一部の熱心なファンはいたものの、結局マスに流行ることは無かった。
 つまり、仲間で無い人とおしゃべりをしても、それは面白くは無いのだ。

 MMOが楽しいのはなぜか。それは、「仲間」と、それこそ命を的に身体を張った冒険を共にした仲間とおしゃべりが出来るからだ。
 彼らは、ゲームをしたいだけではない。しかし、おしゃべりをしたいだけでもない。MMOのゲーム部分というのは、オンラインでしか知らない他人を、「仲間」にするための儀式なのだ。
 儀式であるからには、そこに思いっきり凝られても仕方が無い。新たなより工夫したゲームを持ってこられても、それはただ単に儀式を複雑にする(=より面倒な儀式を必要とする)ことによって、本命(=仲間とのおしゃべり)を遠くする邪魔者に過ぎない。

 しかし、だからといって、仲間を作る枠組みが無いのもどうか。
 SecondLifeとかHomeの話題を聞くたびに、これって画面がきれいになったHABITATとどこが違うのだろうかと疑問に思う。
 この世界に、「仲間」を作る枠組みはあるのだろうか。そこにいれば居心地のいい「仲間」のいるスペースを、作っているのだろうか。
 Homeは、あらゆるゲームのエントリーラウンジというあり方を取ることで、「仲間」の集まる場所を作ることが出来るかもしれない。けれど、拡散したことによって、仲間性が希薄になり、あらゆるゲームの仲間が集わない場所になってしまう可能性もある。
 けれど、もっと危なそうなのがSecondLifeだ。もちろん、実社会のコピーであるSecondLifeには、実社会と同じ方法論による仲間作りが可能だ。だが、それが面倒だから、皆MMOで仲間を作るんじゃないの? とすると、SecondLifeで、わざわざ実社会と同じ苦労をして仲間作りをしなくてはならない意味はあるの?
 もし、「仲間」作りの枠組みや、その「仲間」の集う場所作りの枠組みが無いのならば、これらは所詮一過性の話題と少数の熱心なファンだけの狭い世界に留まるしかないような気がする。

 もちろん、こんな嫌な予測は外れてくれたほうが望ましい。
 何年か後、こういうことを書いたことを恥じるようになっていれば、いいのだけれど。

2008年4月20日追記

 残念ながら、去年の予測は当ってしまったようだ。SecondLifeは失速し、一般的なものにはなりきれないで終わりそうだ。
 では、その次の仮想空間はどうなるだろう。期待しないで、待ってみるしかないのだろう。